m-sms 2018

武蔵大学社会学部メディア社会学科2年次:メディア社会学方法論・松谷ゼミによる年刊ウェブマガジン

地球温暖化 今でも興味ありますか?──問題提起するメディア

written by 平井 良磨[edited by 石橋 杏珠]

 地球温暖化についての興味を聞かれたら「地球温暖化? 最近は聞かないし、もう終わった話じゃないの? 興味ないなぁ」と思う人は少なくないのではないか。ならば興味の無さの理由には何があるだろうか。私はその一つに「報道されなくなったこと」を挙げたい。では何故、地球温暖化は報道されなくなったのだろうか、そもそも本当に報道されなくなったのだろうか。本稿では新聞記事をベースに分析を行い、それを元にこの話を進めていく。

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地球温暖化への疑問

 そもそも地球温暖化は起こっているのか、という疑問もあるだろう。これに対してはYesという答えを前提に話を進めていく。実際に地球の表面温度の平均が上昇していることは、多くのデータから読み取れるからだ。
 また報道されなくなった理由として、地球温暖化が危惧すべき重大な問題ではなくなったのではないか、という理由も否定しておく。地球温暖化の最たる原因である温室効果ガスは、依然として排出されている。それどころか、発展途上国新興国の発展に伴う工業化によって、排出量は増加すらしている。
 一方で地球温暖化の原因の一つ、オゾン層の破壊については解決に向かっていると言われている。だが実はこれが地球温暖化にあまり影響を与えていなかったことが、明らかにされているのである。
 地球温暖化問題の歴史を知っているだろうか。実は19世紀中頃には二酸化炭素やメタンに温室効果があることが指摘されていたのである。だがこのときには地球温暖化という言葉も登場しておらず、一般に認知されていなかった。
 時は進み20世紀の中頃、公害問題が取りざたされるようになり、同時に学術面でも環境への関心が高まり、本格的に地球温暖化が世間に認知され始めた。

風化していく環境問題

 ここからは実際の記事のデータを考えていきたい。データは朝日新聞毎日新聞、読売新聞の各新聞社の有料検索サービスから「地球温暖化」という用語が出てきた記事数を年別にまとめ、グラフにしたものだ。

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 1992年の伸びは、ブラジルのリオデジャネイロで行われた環境と開発に関する国際連合会議が行われたことに関する記事が多い。この通称「地球サミット」で、「持続可能な開発」に向けた会議が行われた。1997年の急激な増加の理由は、気候変動枠組み条約の第三回目の会議が京都で行われことへの記事が多い。この会議で決められたものが有名な「京都議定書」である。開催自体は12月だが、京都で行われることがすでに決定していたため、これに対する期待の記事も多かった。2005年にまた記事数が増えている。これは京都議定書の効力発生がこの年からであるためだ。このとき、アメリカが自国の経済を優先するため、条約に参加していないことに対しての非難の記事が多くみられる。また日本では参加することが決定していたものの、国会で可決したのが2002年で、同年に締結したため、少し記事数の増量がみられる。
 記事数は2008年がピークとなり、それ以降は減少の一途である。この年の記事では、オバマ大統領の当選と、同氏の地球温暖化政策についての記事が多く見られる。2008年以降の減少傾向によって、地球温暖化問題について耳にする機会が減り、興味関心が薄れていくこともうなずけるだろう。
 海外新聞記事("The New York Times")の同時期の記事比較をすると、事の内容は似たものが多い。1992年には地球サミットが、1997年には京都議定書が、2005年の京都議定書の効力発生とアメリカの不参加への批判が、2008年はオバマ大統領当選とその政策が大きく記事数を伸ばしていた。
 大きく異なった点は、社説が非常に多いことだ。京都議定書へのアメリカの不参加を痛烈に批判したものや、地球温暖化そのものに警鐘をならす内容のものが目立った。

同じ地球に住む人間として

 以上の調査から、地球温暖化の報道が少なくなってきていることがわかる。同様に近年では大きな出来事がないことも記事をみることで推察できる。たしかに報道されなければ、私達の目にも触れずに記憶が風化していくかもしれない。これは仕方のないことだとしても、私たちはこの地球について、もう少し興味を持ってもいいかもしれない。
 だがやはり、メディアも地球温暖化という大きな問題をもう少しこまめに取り上げるべきだろう。不安を煽るだけではなく、正確な現状や、各種取り組みの経過を広く伝えることも重要な使命ではないだろうか。
 同じ地球に住む人間同士、地球温暖化の前に上も下もない。誰かのせいなどと言わず、一丸となって立ち向かっていきたい。